融通念仏宗(ゆうづうねんぶつしゅう)
平安時代末期に良忍(りょうにん)によって開かれた、日本で最初の浄土系念仏宗派。
日本で生まれた浄土系仏教の一派で、大阪市平野区の大念佛寺を総本山とします。
日本初の「国産」仏教:当時の仏教は、中国などから伝わった「輸入仏教」が中心でした。しかし融通念仏宗は、日本で修行を重ねた良忍が独自に開いた初の日本生まれの宗派です。
のちの宗派への影響: 誰でも「南無阿弥陀仏」と唱えれば救われるという分かりやすい教えは、その後に誕生する「浄土宗(法然)」や「浄土真宗(親鸞)」などの先駆けとなりました。
融通念仏の「融通」とは、「お互いに融け合い、調和する」という意味です。
・他力往生(たりきおうじょう): 「1人の念仏はすべての人の功徳になり、すべての人の念仏は1人の功徳になる」と考えます。1人分の力は小さくても、世の中のすべての人々が唱えた念仏のパワーとお互いに響き合うことで、何倍もの巨大な力となり、全員が救われると説きます。
・速疾往生(そくしつおうじょう): 亡くなった後ではなく、いま生きているこの世を、喜びにあふれた極楽浄土に変えていくことを目指します。
お題目
「
南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」であり、この念仏を唱えることで「誰もが救済される」と説いています。このお題目は、故人の往生を願う葬儀の場でも用いられ、僧侶だけでなく参列者一同で読経することが特徴です。
お題目の意味
南無(なむ):仏の力におまかせする、帰依するという意味のサンスクリット語です。
阿弥陀(あみだ):仏教の仏である「
阿弥陀如来」を指し、無量の命と果てしない光を持つ仏として称えられます。
仏(ぶつ):
仏陀(仏)の略で、悟りを開いた者を指します。
したがって、「南無阿弥陀仏」は「阿弥陀仏にすべてを委ねて感謝する言葉」と解釈されます。
開祖:
良忍(聖応大師)
成立時期: 大治2年(1127年)頃
総本山:
大念佛寺(大阪市平野区)
本尊:
十一尊天得如来(じゅういっそんてんとくにょらい)・融通念仏宗特有の本尊であり、中央に
阿弥陀如来が立ち、その周囲に10体の
菩薩が取り囲む姿を描いた絵像(来迎図)
良忍上人が念仏修行中に
阿弥陀如来から示現を受け、授けられた一枚の白絹に記されていた姿が基となっており、一人と万人の念仏が通じ合う「融通」の教えを象徴しています。
唱える言葉: 南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)
開祖:
良忍(聖應大師)

伝統行事
万部おねり:総本山の大念仏寺で毎年5月に行われる伝統行事で、二十五菩薩の装束をまとった踊躍念仏(ようやくねんぶつ)の一団が橋を渡る様子は、多くの人々を魅了します。
- 十一尊天得如来(じゅういっそんてんとくにょらい)とは、融通念仏宗の宗祖良忍上人が阿弥陀如来から授かったとされる絵像で、阿弥陀如来と10体の菩薩(観音・勢至など)が描かれています。この絵像は融通念仏宗特有のもので、大阪市平野区にある総本山大念佛寺の本尊となっています。
- 良忍(りょうにん、延久5年1月1日(1073年2月10日)? - 天承2年2月1日(1132年2月19日))は、平安時代後期の天台宗の僧で、融通念仏宗の開祖。聖応大師。 尾張国知多郡の領主の秦道武の子。良仁とも書き、房号は光静房または光乗房。生年は延久4年説もある。 比叡山東塔常行三昧堂の堂僧となり、雑役をつとめながら、良賀に師事、不断念仏を修める。また禅仁・観勢から円頓戒脈を相承して円頓戒の復興に力を尽くした。
- 他力往生(たりきおうじょう)とは、浄土教(特に浄土真宗や浄土宗)において、自身の修行や善行(自力)ではなく、阿弥陀仏の「本願力」という他力にすべてをゆだね、そのはたらきによって極楽浄土へ生まれ変わること(往生)を指す教えです。
- 日本の主要宗派:総本山・大本山一覧
- 大念佛寺・大阪府