四国霊場の中で唯一、毘沙聞天を本尊としている寺。
門柱にも「四国唯一体毘沙聞天王鎮座」と刻まれている。
弘仁年間(810~824)、弘法大師が坂元山山中(現在の寺の南東に位置する山)を通っていた時に、光を放っている檜を発見した。その木に一刀三礼して毘沙聞天と脇仏の吉祥天、善膩師童子を刻んだと伝えられている。
弘法大師によって開かれた寺は、天正13年(1585)に豊臣秀吉の四国征伐による兵火で全山を焼失してしまう。
万治2年(1659)には、末寺の檜木寺と合わせて、現在の場所に移され再興した。
創建年: (伝)弘仁年間(810年 – 823年)
宗派:真言宗東寺派
本尊:毘沙聞天
開基:弘法大師
山号: 密教山
札所等: 四国八十八箇所63番; 四国(東予)七福神・毘沙門天(毘沙聞天)
院号: 胎蔵院
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