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名所めぐりは過去に行ったことのある土地の紹介です。

どこへ行ったのか忘れてしまうので独遊庵の名所めぐり

水無瀬神宮(みなせじんぐう)大阪府三島郡島本町広瀬

後鳥羽上皇の没後、かつての離宮だった水無瀬殿の跡に、上皇を祀って1240年建立されました。
鎌倉時代、時の流れに翻弄され遠く都を離れた隠岐、佐渡、阿波でお隠れになられた三天皇の御霊を弔うために後鳥羽天皇縁の水無瀬の地に建立されました。この地は、後鳥羽天皇が都から足繁く通われ「わがふるさと」と思し召された水無瀬の離宮跡であり、隠岐での19年の年月を過ごされていてもなお忘れることのできない思い出深い土地であります。
この水無瀬は都から近く、淀川を利用して船の便もあり、桜、山吹、菊なども多く、また木津、宇治、桂の三川の合流点、しかも両岸に小高い山々が迫り、眺望が非常に美しい土地であり多くの歌や文学も生まれ後鳥羽天皇の命により編纂された勅撰和歌集「新古今和歌集」は有名です。
後鳥羽天皇は生前、多芸多能、文武両道にすぐれた才能を発揮されましたので、朝廷、武家からも崇敬され現在も学問、スポーツの神として崇められております。

見どころ
① 離宮の水(名水百選) 後鳥羽院が愛した離宮の泉 現在も湧き続ける清水 茶道家や料理人が汲みに来るほどの名水 → 水無瀬神宮最大の象徴。
② 御影堂(後鳥羽院御陵) 後鳥羽天皇の御影(御尊像)を祀る 離宮の中心建物で、静謐な空気が漂う 神宮の“心臓部”ともいえる聖域
③ 本殿(江戸期再建) 三上皇を祀る三座構造 端正で清浄な神明造風の社殿
④ 水無瀬離宮跡(国史跡) 鎌倉時代の離宮の遺構 石垣・庭園跡・水路などが残る “離宮神宮”の名にふさわしい歴史空間
⑤ 水無瀬の杜(鎮守の森) 湧水と森が一体化した神域 京都の神社とは異なる“水の神宮”の雰囲気
⑥ 水無瀬神宮祭(5月) 後鳥羽院の御霊を慰める例祭 雅楽・舞楽が奉納される

主祭神: 後鳥羽天皇; 土御門天皇; 順徳天皇
創建: 仁治元年(1240年)
社格等:官幣大社
ご利益:学問やスポーツの向上、安産祈願などがあります。また、名水「離宮の水」で知られており、アトピー性皮膚炎や体調の改善などの効果が期待
札所等:神仏霊場巡拝の道

行ってみたい

関連とご近所

  • 後鳥羽天皇(ごとばてんのう )第82代天皇:高倉天皇の第四皇子。母は、坊門信隆の娘・殖子。後白河天皇の孫で、安徳天皇の異母弟に当たる。 文武両道で、新古今和歌集の編纂でも知られる。鎌倉時代の1221年に、承久の乱で鎌倉幕府執権の北条義時に対して討伐の兵を挙げたが敗北し隠岐に配流され、1239年に同地で崩御した。
  • 土御門天皇 (つちみかどてんのう) 第83代天皇:後鳥羽天皇の第一皇子。母は、源通親の養女承明門院・源在子。承久の乱によって、自ら望んで土佐国へ配流された。
  • 順徳天皇(じゅんとくてんのう)第84代天皇:後鳥羽天皇の第三皇子。母は、藤原範季の娘・重子(修明門院)。承久の乱によって佐渡へ配流された。
  • 石清水八幡宮