法然上人(ほうねんしょうにん)
浄土宗の開祖
はじめ比叡山で
天台宗の教学を学び、承安5年、専ら
阿弥陀仏の誓いを信じ「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えれば、死後は平等に往生できるという専修念仏の教えを説き、後に日本
浄土宗の宗祖と仰がれた。法然は房号で、諱は源空、幼名を勢至丸、通称は黒谷上人、吉水上人とも。
それまでの仏教は、出家して戒律を守り、厳しい修行をしなければ助からない教えと思われていましたが、
お釈迦さまの教えられた、どんな人も救われる道(専修念仏)を明らかにしました。
幼少期:9歳の時に父を亡くし、叔父の観覚のもとで仏教を学びました。
比叡山での修行:
天台宗を学び、多くの経典を読み解くなど、学識を深めました。
専修念仏の開宗:43歳の時、善導の教えに感銘を受け、専修念仏を唱えることで誰もが救われるという教えを説き、
浄土宗を開きました。
民衆への布教:貴族だけでなく、武士や庶民、女性にも広く念仏を広めました。
苦難の生涯:念仏の教えを巡って批判や弾圧を受けましたが、信念を貫き通しました。
法然の教えの特徴
他力本願:自身の力で悟りを開くのではなく、
阿弥陀仏の力に頼る「他力本願」の思想を説きました。
念仏の重要性:「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えることで、誰でも救われると教えました。
平等な救済:貴賤や男女の隔てなく、誰もが救われると説きました。
法然の教えは、現代の日本にも大きな影響を与えています。
浄土宗や
浄土真宗の開祖として、また、
親鸞聖人の師として、多くの人々に慕われています。
生まれ: 1133年5月13日, 美作国
死去: 1212年2月29日, 京都府 京都市
著作: 『選択本願念仏集』、; 「一枚起請文」、他。
両親: 漆間時国、 秦氏君
号: (房号)法然(大師号)圓光大師・東漸大師・慧成大師・弘覚大師・慈教大師・明照大師・和順大師・法爾大師
法然上人の姿は、一般的には左を向いて数珠を繰る礼盤(らいばん)に座す姿で描かれ、これは
浄土宗の宗祖である法然の教えと姿を伝える最も代表的な表現です。着衣は白と黒の下衣に袈裟を帯び、蓮華唐草文や梅花文が描かれていることもあります。顔つきには、柔和なまなざし、厚い唇、大きい鼻翼といった特徴が伝わります。
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