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名所めぐりは過去に行ったことのある土地の紹介です。

どこへ行ったのか忘れてしまうので独遊庵の名所めぐり

唐澤山神社栃木県佐野市富士町1409

別格官幣社
唐沢山山頂、唐沢山城本丸跡に創建された、藤原秀郷公をお祀りする神社です。
主祭神: 藤原秀郷公
創建: 明治16年(1883年)
ご利益には、勝利運アップ、合格祈願、恋愛成就、商売繁盛、金運上昇

2017年5月


関連とご近所

  • 藤原秀郷(ひでさと):平貞盛と協力し、天慶3年(940年)に乱を起こした平将門を討ちとり、戦功により従四位下に叙せられ、武蔵、下野の国守に任ぜられました。
  • 平貞盛(たいらのさだもり)は、平安時代中期の武将で、平将門の乱において藤原秀郷(ふじわらのひでさと)と協力し、平将門を討伐したことで知られます。父である平国香(たいらのくにか)が将門との争いで殺害された後、京都から関東へ下り、将門の打倒に協力して武功を挙げ、子孫には平忠盛平清盛らが輩出されました。
  • 平将門は、平安時代中期の武将で、関東の豪族間の抗争を発端に、関東一円を支配し「新皇」を名乗った人物です。彼は朝廷に反逆して独立国家を作ろうとしましたが、わずか2ヶ月で討伐されました。
  • 平忠盛は、平安末期の武将で、『平家物語』にも登場する「平清盛」の父です。彼は海賊を討伐して西国に平氏勢力の基礎を築き、鳥羽上皇に仕えて昇殿を許されるなど、公家としても活躍して平氏の地位を高め、息子の清盛が栄華を極める礎を築きました。忠盛が亡くなった後、鳥羽上皇の死後には皇位をめぐる権力争い「保元の乱」が勃発しました。この争いは後白河天皇側が勝利しました。
  • 平清盛は、武家政権を樹立し、日本初の武家政権の基礎を築いた平安時代末期の武将です。具体的には、保元の乱・平治の乱で勝利した後に政界に進出し、太政大臣に就任し、娘の徳子を天皇の后とするなどして平氏の全盛期を築きました。また、神戸港を整備して日宋貿易を推進し、貨幣経済の発展にも貢献しました。
  • 大前神社
  • 大谷資料館
  • 白蛇辨財天