本文へスキップ

名所めぐりは過去に行ったことのある土地の紹介です。

どこへ行ったのか忘れてしまうので独遊庵の名所めぐり

霊山神社(りょうぜん)福島県伊達市霊山町大石古屋舘1

別格官幣社
北畠一族が祀られている神社です。明治14年、北畠顕家、親房、顕信、守親(顕信の子)を主祭神として、北畠氏の支城があった地に創建されました。建武の新政に尽力した南朝側の皇族、武将を祀る15の神社(建武中興十五社)のひとつに数えられています。
武家の権力争いによって日本の政治は混乱し、国民生活も不安定な状況にありました。後醍醐天皇は、国の秩序を回復し国民の幸福を増進するため「建武の中興」を行い、北畠顕家公をはじめとする方々がこの大業に尽力しました。顕家公は16歳で陸奥介に任命され、父・親房公とともに東北地方で後醍醐天皇の息子・義良親王を支えましたが、21歳の若さで戦死しました。弟の顕信公や息子の守親公も皇統護持に貢献しました。明治時代には「明治維新の根本理念は建武中興にある」とされ、北畠一門を祀る神社創建の機運が高まりました。明治天皇が東北巡幸で霊山を拝したことを契機に、1879年に霊山神社が創建され、1885年に別格官幣社となりました。
御祭神: 北畠顯家; 北畠親房; 北畠顯信; 北畠守親
創建: 明治14年(1881年)

ご利益としては、戦勝祈願、特に合格祈願が中心ですが、顕家公の武勇にちなんで武運、開運、そして亡き家族や先祖を祀る役割も持つ

行ってみたい


関連とご近所

  • 北畠 顕家(きたばたけ あきいえ):鎌倉時代末期から南北朝時代の南朝公卿・武将。『神皇正統記』を著した准三后北畠親房の長男。
  • 北畠親房(きたばたけちかふさ) :鎌倉時代から南北朝時代に活躍した公家の1人です。後醍醐天皇(ごだいごてんのう)及び後村上天皇(ごむらかみてんのう)に仕え、嫡男の北畠顕家(きたばたけあきいえ)と共に南朝の勢力維持にその生涯を捧げました。
  • 北畠 顕信(きたばたけ あきのぶ):南北朝時代の武将。親房の次男。春日少将と称する。兄顕家の死後、鎮守府将軍となり、父親房と奥羽に転戦。
  • 北畠 守親(きたばたけ もりちか):南北朝時代の公卿・武将。右大臣北畠顕信の次男。南朝に仕え、父を継いで陸奥国司に任じられたが、事績には不明な点が多い。
  • 飯坂 ホテルジュラク
  • 中野不動尊
  • まるせい果樹園
  • まるえ観光果樹園