この地は法華仙人が修行をしていた場所。
弘仁6年(815)、弘法大師が修行の霊地を探して入山。明王鈴の音を頼りに岩山に上がったところ、法華仙人に出会った。
弘法大師に帰依した仙人は、山を弘法大師に献上して往生を遂げる。
大師は木と石の不動明王を刻み、木像は本尊として本堂に安置して開創。石像は山封じ込め、山そのものを本尊とした。
寺の左右にある礫岩峰は、山に向かって左側が胎蔵界峯、右側が金剛界峯と呼ばれている。
金剛界峯には、法華仙人の修行の跡と舎利塔が残っている。
逼割禅定(せりわりぜんじょう) 大師堂奥の仁王門から狭い山道を300mほど上ると、かつての弘法大師の修行の場・逼割禅定がある。
宗派:真言宗豊山派
本尊:不動明王
開基:弘法大師
創建:弘仁6年(815)
山号: 海岸山
札所等: 四国八十八箇所45番; 四国霊場十三佛7番
|
|||||||||||||||||
![]() |
|
||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||
| 法華仙人堂 | 鐘楼 |
![]() |
![]() |
| 逼割禅定(せりわり) | |
![]() |
![]() |
| 岩山に圧倒されるように建てられている本堂だが、実際には岩が本堂を守るように立っていることに気づく。山岳霊場の典型的な景観となっている。この本堂がある境内からの眺めは、実に幻想的。 大師は「山高き谷の朝霧海に似て松吹く風を波にたとえむ」と詠んだといい、この歌は海岸山という山号の 由来となった。 大正9年(1920)に建立された大師堂は、本堂から少し離れた場所にある。大師堂は本堂より大きく、また高い場所に位置している。これは本尊の一つでもある石像が山に封じ込められているため。山全体を本尊とする寺ならではのことだ。 逼割禅定(せりわりぜんじょう) 大師堂奥の仁王門から狭い山道を300mほど上ると、かつての弘法大師の修行の場・逼割禅定がある。 入り口には木製の扉があり、危険を伴うため普段は鍵が掛かっている。 そそり立つ大岩の裂け目を抜け、鎖を頼りに約10m岩山を上る。さらに21段のはしごを上がれば、岩の頂上に祀られた白山権現にたどり着く。 |
||||||
翌日バスで46番浄瑠璃寺近くの塩ヶ森バス停へ |