和銅元年(708)、奈良の大仏開眼に先だって、仏教を布教するために伊予国を旅していた行基が、この地を仏教流布の最適地と確信して伽藍を建立。この時、自ら本尊の薬師如来や脇仏の日光・月光菩薩像、十二将神像を刻んで安置した。
寺号は薬師如来のいる場所が瑠璃光浄土ということ、薬師如来の別名が瑠璃光如来ということに由来する。
大同2年(807)には弘法大師もこの寺を訪れ堂宇を創建し、第46番に定めた。
戦国時代には荒廃・中興をくり返し、江戸時代には山火事が原因で、本尊、脇仏を除くほとんどの寺宝、伽藍を焼失。
現在の堂宇は天明5年(1785)に再建された のである。
宗派:真言宗豊山派
本尊:薬師如来
開基:行基菩薩
創建:和銅元年(708)
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| さまざまなご利益があるといわれる浄瑠璃寺。 境内を入ってすぐの場所に仏手石があり、その向こうには樹齢約1000年の「伊吹柏槙(いぶきびゃくしん)」と呼ばれる大木がある。この木は松山市の天然記念物に指定されている。 本堂の手前には、お釈迦様が法華経などを説いた霊鷲山の石を埋め込んだという説法石がある。本堂は、天明5年(1785)に再建されたもの。その向かって右側には、古色蒼然とした大師堂が佇む。 また、左側には、仏足石や仏手花判(ほとけの指紋)があり、多くのお遍路さんがお参りしている。 |
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