弘仁8年(817)、弘法大師が熊谷寺の閼伽ヶ谷(あかがたに)で修行している時に熊野権現が出現。
「長く衆生済度の礎とせよ」と告げ、一寸八分(5p余り)の金の観音像を授けた。
そこで大師は等身大の千手観世音菩薩を刻み、その胎内に熊野権現から授かった観音像を納め、堂を建立して本尊として安置した。
これが、熊谷寺の始まりと伝えられている。
元禄年間(1688〜1704)にかけて、大師が修行した伝説の地に堂塔が次々と建てられ、 現在の境内の基となった。
山門、大師堂、多宝塔など、歴史を偲ばせる建造物が今なお残り、 重厚な風情を漂わせている。
宗派: 高野山真言宗
本尊:千手観世音菩薩(せんじゅかんぜおんぼさつ)
開基:弘法大師
創建: 弘仁6年(815)
札所等: 四国八十八箇所8番; 阿波西国三十三観音霊場(東部)第27番
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| 山門をくぐり、長い坂や階段を上っていくと中門が見える。 本堂は中門を上った正面、 山の中腹部にある。 本堂と本尊の千手観世音菩薩は、昭和2年(1927)に火災に遭い全焼した。現在の本堂は、昭和15年(1940)再建の本尊を安置する奥殿と拝殿、昭和45年(1970)再建の供養殿から成る。 本尊は供養殿とともに再建された。 また、本堂から階段を36段上ったところにある大師堂は、屋根に据えつけられた露盤から、宝永4年(1707)の建立とわかる。 安 置されている大師像も永享3年(1431)の作と古いものである。 山門 山門は、高さ13.2mの和様と唐様(禅宗様)の折衷様式で、貞享4年(1687)に建造された県 指定の有形文化財。 四国霊場の木造山門としては最大規模であり、2層目の天井・柱等には極彩色の天女像等が描かれている。また、現存する大看板「普明山」の額は安政大修理の時に寄付されたといわれている。 多宝塔 安永3年(1774)に建立され た。胎蔵界の大日如来を中心に、東側に阿?如来、南側に宝生如来、西側に無量寿如来、 北側に不空成就如来と、四方に四仏が祀られている。 色彩豊かに彩られたこの塔は、多宝塔としては四国地方最古にして最大規模を誇っている。 |
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