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名所めぐりは過去に行ったことのある土地の紹介です。

どこへ行ったのか忘れてしまうので独遊庵の名所めぐり

最澄(さいちょう)

生まれ: 西暦767年9月15日, 滋賀県
死去: 西暦822年6月26日, 京都府 京都市 比叡山

平安時代初期の日本の仏教僧。日本の天台宗の宗祖であり、伝教大師として広く知られる。
近江国滋賀郡古市郷もしくは生源寺の地に生れ、俗名は三津首広野。
唐に渡って仏教を学び、帰国後、比叡山延暦寺を建てて日本における天台宗を開いた。

最澄には、大きな願いがふたつありました。 ひとつは一乗の教えによる僧侶のための独立した授戒制度の公認、もうひとつはこの国のすべての人を救う一乗の教えを確立し広めること。
天台宗の総本山である比叡山延暦寺には、このふたつの願いの結実ともいえるお堂と宝塔があります。

最澄(さいちょう)空海
と最澄は、平安時代に唐で仏教を学び、日本に帰国して天台宗と真言宗を開いたことで知られる仏教の巨頭です。最初は良い関係でしたが、教えの違いなどから疎遠となり、両宗派も長年交流が途絶えていました。
「一隅を照らす」という言葉は、最澄の教えを代表する言葉の一つです。誰もが注目するような場所でなくても、自分の場所で精一杯努力することが大切だという意味です。
「忘己利他」という言葉も、最澄の教えを象徴する言葉です。自分のことを忘れて、他者を助けることが慈悲の極みであるという考え方です。

天台宗を開宗:中国で天台教学を学び、日本に天台宗を広めました。
延暦寺を建立:比叡山に延暦寺を建立し、天台宗の拠点としました。
日本に茶を伝えた:中国から茶の種を持ち帰り、日本における茶の普及に貢献しました。
日本仏教の発展に貢献:天台宗の教えを広めることで、後の鎌倉仏教など、日本仏教の発展に大きな影響を与えました。
密教も学ぶ:天台宗の教えに加え、密教も学び、その知識を日本に伝えました。
大乗戒を提唱:奈良仏教の戒律を改革し、大乗戒を提唱しました。
人材育成:優れた僧侶を育成するための教育制度を整備しました。

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