社格等: 旧県社・別表神社
「何事にも打ち勝つ開運の神」として有名で、全国で広く信仰されている宮地嶽神社の総本宮です。
年に2度、「光の道」とよばれる境内石段から玄界灘まで真っすぐ伸びる参道の延長線上に夕日が沈むことで知られる。
三つの日本一
1. 大注連縄:直径2.6メートル、長さ11メートル、重さ3トンの日本一の大注連縄。
2. 大太鼓:直径2.2メートルの日本一の大太鼓です。今日では全国に、この太鼓より大きな太鼓がありますが、全て国内より調達した材料により製作されています。太鼓の銅は檜を原木とし、その表面に漆を幾重にも重ねて音の響きを大切に致しております。
その上、左右の鼓面には和牛の皮を太鼓用になめしたもので、今日の国産和牛では入手できないサイズの皮で調製されています。
3. 大鈴:重さは450kgもある銅製の大鈴で、篤信の方のご奉納によるものです。
御神際:
息長足比売命[おきながたらしひめのみこと]=神功皇后[じんぐうこうごう]
勝村大神[かつむらのおおかみ]
勝頼大神[かつよりのおおかみ]
創建は約1700年前とされており、社伝によると、第14代仲哀天皇の妃である神功皇后が朝鮮半島遠征の際に、宮地岳の頂に祭壇を設けて天神地祇を祀り、戦勝祈願をしたのが始まりとされています。後に神功皇后を主祭神とし、随従した勝村大神と勝頼大神も祀るようになり、「宮地嶽三柱大神」として崇敬されています。
ご利益:開運、商売繁昌、無病息災、延命長寿、豊漁、豊作
行ってみたい
約三百年位前に出土した、日本一の大きさを誇る横穴式石室を有する巨石古墳が有ります。この古墳は6世紀末頃の建立と推定されています。
その石室は、全長23メートル、高さ幅ともに5メートルを超える、相之島の玄武岩を切り取った巨石で積み重ねらており 特大太刀(タチ)や刀装具。馬具類、緑に輝く瑠璃壺や瑠璃玉、そしてガラス板など、およそ300点が発見され、そのうちの20点もの品々が国宝に指定されました。それらの中で特に目を引くのは黄金を使った品々。
そして3.2mの特大太刀は頭椎(かぶつち)がついており、やはり金の装飾が施されています。さらに教科書などでもお馴染みの金銅製の鐙(足置き用の馬具)は、金の七葉唐草文が貼付され、遠くオリエントからの影響を見ることができます。
この巨大な古墳の主は、金の冠をいただき、金の刀装具や馬具で身を固めているような人物だったのです。このことから宮地嶽古墳には、北部九州の王が祀られていたと考えられています。
そして、金成りの信仰へ
黄金に輝く屋根
このような我が国では稀なる黄金の出土品や、この地に伝わる九州北部王朝の口伝から、古来より宮地嶽に祀られる神は、崇高かつ有福な神として慕しまれていました。そして、時代の変遷とともに開運の神、商売繁盛の神として崇められるようになっていきました。
そして、御創建以来1700有余年を経て、本殿の御遷座80年の節目に、宮地嶽神社は、北部九州王朝の聖地として栄えたこの地にふさわしいように、黄金の屋根に生まれ変わりました。その様は、あたかも、宮地嶽の古墳の主が、黄金の宝冠を頭上に掲げていたようです。
- 勝村大神は、主に福岡県にある宮地嶽神社の主祭神である「神功皇后」に従った神様として祀られており、「勝頼大神」とともに「宮地嶽三柱大神」として崇敬されています。そのほか、「御嶽神社」の祭神としても知られる「御嶽霊神碑」にも勝村大神の名前が含まれていることがあります。
- 勝頼大神(かつよりのおおかみ)は、福岡県の宮地嶽神社の祭神である「宮地嶽三柱大神」の一柱です。主祭神の神功皇后に随従した神で、勝村大神と共に、何事にも打ち勝つ「開運の神様」として信仰されています。
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