古代ヤマト王権において中臣氏とともに宮廷祭祀や祭具製作、宮殿造営を担った名門氏族
神話に登場する
天太玉命(あめのふとだまのみこと)の子孫とされ、各地に技術集団として広がり、農業、養蚕、織物、製紙などの産業技術や生活技術を伝播させ、ヤマト王権の成立に影響を与えました。
祭祀:中臣氏とともにヤマト王権の祭祀を司り、大嘗祭などの重要な儀式に関与しました。
祭具・宮殿の製作:神事に使う祭具や、天皇の住まいである宮殿の造営なども行っていました。

技術集団:阿波忌部(あわいんべ)に代表されるように、麻や穀物(穀)を植えて農業、養蚕、織物、製紙技術などを各地に伝播させ、ヤマト王権の基盤を築きました。
「忌」の精神:神事で穢れを取り除き、身を清める「忌」の精神が込められており、これが氏名の由来ともされています。
各地への広がり:中央の忌部氏のほか、阿波、紀伊、讃岐、安房などにも部民(部民としての忌部)がいました。
阿波忌部:天日鷲命(あめのひわしのみこと)を祖神とする阿波忌部は、吉野川流域を中心に勢力を広げ、ヤマト王権の成立に大きく貢献したとされています。
安房忌部:阿波の忌部の一部が房総半島に移住し、先祖を祀る神社を建てたのが安房神社の始まりという伝承があります。
改名
平安時代初期の延暦22年(803年)に、忌部から斎部(いんべ)に改められました。
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