神武天皇(神倭伊波礼毘古命)の兄で、日向から大和へ東征した4兄弟の長男
父:
鵜葺草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)
母:
玉依毘売命(たまよりびめのみこと)海神の娘
①五瀬命②
稲氷命(いなひのみこと)③
御毛沼命(みけぬのみこと)④若御毛沼命(神倭伊波礼毘古命=
神武天皇)
・婚姻記事なし・ 子孫記事なし
五瀬命は「古事記」、「日本書記」によると、天孫降臨した
瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の孫である
五瀬命は
鵜葺草葺不合命の四人の子どもの長男です。

五瀬命は弟たちとともに東征に従軍しましたが、浪速国の白肩津(あるいは孔舎衛坂)での長髄彦(ナガスネコヒ)との交戦中に長髄彦の放った矢が当たりました。
五瀬命は「我々は日の神の御子だから、日に向かって(東に向かって)戦うのは良くない。
廻り込んで日を背にして(西に向かって)戦おう」と助言し、一行は南へ廻り込みました。
しかし、紀国(きいのくに)の男之水門に着いた所で、五瀬命の射られた傷が悪化した。
この時に五瀬命が「賊に傷つけられて死ぬとは」と雄叫びしたので、その地は「雄水門(おのみなと、男之水門)」というとされています。
その後「古事記」では紀国男之水門で亡くなったとしています。
神武天皇へ続く
- 稲氷命(いなひのみこと/稲飯命)は、神武天皇の兄であり、東征の途上で海に入って「鋤持神(さいもちのかみ)」となった
- 御毛沼命(みけぬのみこと/三毛入野命)は神武東征の途上で、常世の国へ渡った
