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名所めぐりは過去に行ったことのある土地の紹介です。

どこへ行ったのか忘れてしまうので独遊庵の名所めぐり

物部氏氏(もののべ)

古代の大和政権(ヤマト政権)において軍事・刑獄を司った有力豪族


天神系の神別氏族で、神武天皇よりも前に大和に入った饒速日命(にぎはやひのみこと)を祖先とします。
仏教の受容を巡って蘇我氏と対立し、587年に蘇我氏によって滅ぼされましたが、その後も物部氏は全国に広がり、その勢力は物部神社などに受け継がれています。

祖先と氏神:饒速日命(にぎはやひのみこと)を祖先とし、氏神は石上神宮です。
役職と職務:飛鳥時代の有力豪族で、大連(おおむらじ)として大和朝廷の軍事を司りました。
勢力:5世紀頃から国政に関与し、大伴氏とともに大和朝廷を支えた有力豪族でした。
仏教受容を巡る争い:蘇我氏と仏教の受容を巡って対立し、物部守屋(もののべのもりや)の時に滅亡しました。

全国への拡散:587年に滅亡した後、物部氏の一族は全国に散り散りになり、各地に勢力を築きました。
物部神社:紀伊国に建立された物部神社(兵庫県)と、出雲に逃れた一族が創建した物部神社(島根県)があり、物部氏の歴史と文化を伝えています。
物部氏と「物」
「物部」という名前は、「もののけ(精霊)」を退治する「もののつわもの(武士)」、「モノノケを討つ」一族として「物部(モノノベ)」という名前が生まれたという説もあります。

*渡来人説がある一方で、出雲系あるいは先住勢力であったとする説もあります。朝鮮半島から高度な鉱山技術や馬の飼育技術などを持ち込んだ渡来集団であったとする見方饒速日命に率いられた出雲系勢力であり、物部氏そのものがヤマトの先住勢力であったと考える見方もあります。どちらの説も有力な見解であり、渡来文化の受け入れや先住民族との関係の中で物部氏の起源は語られています。

関連

  • 饒速日命(にぎはやひのみこと)は、日本の神話に登場する天津神です。天磐船(あまのいわふね)に乗って高天原から地上に降り立ち、後に物部氏の祖神とされています。
  • 大連(おおむらじ)とは、日本古代の官職・称号の一つで、特に有力豪族の首長に与えられた最高位の官名
  • 天の磐船(あめのいわふね)」とは、日本神話に登場する神様の乗り物で、特に物部氏の祖神・饒速日命(にぎはやひのみこと)が天から地上に降り立った際に乗ってきたとされる船です。大阪府交野市にある磐船神社の御神体(ごしんたい)となっている高さ12mの巨大な船形の岩そのものを指し、巨岩信仰の聖地として知られ、神が降臨した地とされる
  • 天津神(あまつかみ)とは、神々の分類の一つで、高天原(たかまがはら)と呼ばれる天界に住む神々のことです。大和朝廷の祖神とされる神々で、地上に住む「国津神(くにつかみ)」と対比されます。
  • 物部神社・島根県