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名所めぐりは過去に行ったことのある土地の紹介です。

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四道将軍(しどうしょうぐん)

『日本書紀』の崇神天皇紀に登場する、大和朝廷が地方支配を確立するため四方に派遣した4人の皇族将軍の総称


四道将軍のメンバーと担当地域
大彦命(おおびこのみこと):北陸へ派遣
武渟川別命(たけぬなかわわけのみこと):東海へ派遣
吉備津彦命(きびつひこのみこと):西道(山陽)へ派遣
丹波道主命(たんばみちぬしのみこと):丹波へ派遣

『日本書紀』の記述:崇神天皇10年、この4人が派遣され、翌年11年に平定の状を報告したとされています。
『古事記』との違い:古事記にも同様の伝承がありますが、「四道将軍」という名称は用いられず、大彦命と武渟川別命が相津(会津)で出会ったエピソードなどが記されています。
実在の可能性:長く伝承(神話)とされてきましたが、稲荷山古墳出土鉄剣の銘文に見える「意富比垝(おおひこ)」が四道将軍の大彦命であるという説があり、大和朝廷の勢力拡大を裏付ける史実の反映である可能性が指摘されています。

関連

  • 大彦命(おおひこのみこと)は、記紀(古事記・日本書紀)に伝わる古代日本の皇族で、第8代孝元天皇の第1皇子。崇神天皇の命により北陸道へ派遣された「四道将軍」の1人として知られる。阿倍臣、膳臣など7氏族の祖神(始祖)であり、北陸や東北地方では「高志王(こしおう)」として古四王神社などに祀られる武神・国土開拓の神。
  • 武渟川別命(たけぬなかわわけのみこと)は、古墳時代の皇族で、崇神天皇に遣わされた「四道将軍」の1人として東海地方を平定した人物。『古事記』では阿倍氏(阿倍臣)の祖とされる。父は大彦命で、陸奥(現在の福島県付近)で父と再会したという伝承から会津の地名由来とも言われる。
  • 吉備津彦命(きびつひこのみこと)は、第7代孝霊天皇の皇子で、大和政権から派遣された四道将軍の1人。古代吉備国(岡山県周辺)の制圧・安定に尽力し、桃太郎のモデルとされる伝説の英雄です。281歳まで生きた長寿の神とも伝えられ、吉備津神社(岡山市)などに祭神として祀られています。
  • 丹波道主命(たんばのみちぬしのみこと/たにわのちぬしのみこと)=美知能宇斯王(みちのうしのおう)は、記紀(古事記・日本書紀)に伝わる第9代開化天皇の孫である古代の皇族です。崇神天皇の命を受け、四道将軍の1人として丹波地方(現・京都府北部)に派遣されて平定しました。また、娘の日葉酢媛命(ひばすひめのみこと)が垂仁天皇の皇后(景行天皇の母)となるなど、天皇家と密接な血縁関係にありました。