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名所めぐりは過去に行ったことのある土地の紹介です。

どこへ行ったのか忘れてしまうので独遊庵の名所めぐり

讃岐国一宮 田村神社香川県高松市一宮町286

讃岐国一宮 国幣中社、名神
地元の方々から『一宮さん』と呼ばれ、親しまれている神社。稲作に不可欠な水を守る神社として、長く信仰を集めてきた。
起源は極めて古く社記によれば和銅二年(709)に社殿が創建されたとあり往古より「田村大社」「定水大明神」又は「一宮大明神」とも称され、人々より篤く崇敬されてきた。
嘉祥二年(849)従五位下に叙せられ貞観三年(861)官社となり名神大社に列せられ、讃岐國の一宮に定められて後は神階を授けられ建仁元年(1201)正一位の極位に叙せられた。
当社の奥殿の床下には深淵があり、厚板でこれを覆い殿内は盛夏といえども凄冷の気が満ちていて古くから神秘を伝えている。又領内で水旱があれば領主奉行は必ず先ず当社に祈願したといい、定水大明神と称される所以である。
奥殿深淵には龍が棲み、覗いたものは絶命するとされて、開かれたことがない。
古来、讃岐は雨が少なく、古代から溜池が作られてきたが、当社付近は香東川の伏流水が多い地域で、農耕に欠かせない湧き水への信仰が、祭祀につながったと考えられている。
御神体の淵には龍が住むという龍神伝説がある。
袂井は百襲姫命がこの地に御来臨した時、里人の奉る烏芋(ごや)を食べてにわかに熱病に罹り、渇きをうったえられた時に侍女が袂を浸して水を奉った井といい、今日もなお、稲田灌漑の水源地であることから「田本井」(たもとい)ともいう。
花泉は百襲姫命が御手を洗われた所という。
御祭神:五柱の総称を田村大神という
倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)
五十狭芹彦命 (吉備津彦命)いさぜりひこのみこと
猿田彦大神
天隠山命 (高倉下命)あめのかぐやまのみこと
天五田根命 (天村雲命)てんごたねのみこと
境内の特徴
• 広大な境内に多数の摂末社(宇都伎社・素婆倶羅社・天満宮・宮島社など)
• 倭迹迹日百襲姫命の像や金龍像など象徴的な造形物
• 北側の大鳥居と大楠が印象的

2024年5月

田村神社 田村神社随神門・表参道 田村神社
随神門田村神社 田村神社
相撲場 田村神社
田村神社大鳥居
田村神社田村神社 田村神社本殿 田村神社田村神社 龍神(金龍) 田村神社 田村神社

田村神社龍神(金龍) 田村神社


宇都伎社  御祭神は大地主神倉稲魂神 家内安全、生活守護の神 田村神社

素婆倶羅社  医薬の祖神少名毘古那神を祀る。女性と子供の守り神として親しまれ安産、病気平癒、身体健康のご利益がある。 田村神社

嚴島社(宮島社) 御祭神は市杵嶋姫命。芸能の神様として信仰厚い。宮島さんと呼ばれ親しまれている。 田村神社

田村神社

田村神社 田村神社

北参道  朱色の連鳥居の真ん中にはさぬき獅子の像が置かれている田村神社

海外開拓者殉難之碑(満蒙開拓の碑) 田村神社

田村神社

田村神社

鐘楼門  梵鐘には大祓詞が彫られている。大祓詞とは、個人のみならず広く天地の罪穢れを祓う祝詞。 田村神社

田村神社

桃太郎の伝説 犬島、猿王、雉ヶ谷の供を連れた弟吉備津彦命へ瀬戸内海の鬼退治を命ずる倭迹迹日百襲姫命 田村神社

田村神社

海軍少年飛行隊の碑 予科練海軍飛行兵の冥福と平和を祈って建立された石碑。傍らにあるのは零戦のプロペラ部と二人の少年兵がたたずむ「若鷲の群像」 田村神社

大鳥居 昭和55年建立 約17メートルの威容を誇る
田村神社 田村神社


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