第10代崇神天皇の御代にご創建されたと伝えられている。
天暦年間(947-957)には、天台宗の僧の性空上人(しょうくうしょうにん)が4年間霧島山に入峰修行し、高千穂峰の周囲6ヶ所に鎮座する其々の神社の傍に寺院(別当寺)を建立。霧島山を中心とした霧島六社権現(霧島東神社・霧島神宮・狭野神社・東霧島神社・霧島岑神社・夷守神社)の一社として神仏習合の霧島修験の霊場として開山され、霧島修験道の根本道場として信仰されました。
鹿児島県の霧島神宮が「西霧島宮」と言われたのに対し「東霧島宮」と呼ばれ繁栄した。
主に「国造りの神」や「国家守護」の神様として知られています。
また、農工商すべての開運、福寿、治病、航海、縁結び、安産など、人々の生活全般の幸福を増進する神様として、古くから親しまれてきました。
主祭神は伊邪那岐命(イザナギノミコト)伊邪那美命(イザナミノミコト)で、天照大御神から神武天皇に至る皇祖神も合祀されています。
相殿神:天照大神あまてらすおおかみ、瓊瓊杵尊ににぎのみこと、天忍穗耳尊あめのおしほみみのみこと、彦火火出見尊ひこほほでみのみこと、鸕鷀草葺不合尊うがやふきあえずのみこと、神日本磐余彦尊かむやまといわれびこのみこと
さらに、神社の神宝である十握の剣は、厄除けや魔除けのご利益があるとされています。
また、東霧島神社は、神話や伝説にまつわるパワースポットとしても知られており、神秘的な雰囲気を持つ場所として人気があります。
鬼磐階段は、鬼が霧島の神に願いをかけ、一夜にして積んだとされる伝説があり、振り向かずに階段を登ると願いが叶うと言われています。
天之逆鉾は霧島東神社の社宝で有り、山頂は霧島東神社の飛び地境内です。